【論文読んでみた】「Mixing metaphors in mobile remote presence」

情報

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引用:Takayama, L., & Go, J. (2012). Mixing metaphors in mobile remote presence. Proceedings of Computer Supported Cooperative Work 2012 (CSCW ’12), 495–504. https://doi.org/10.1145/2145204.2145281

概要

TakayamaとGo(2012)は、職場におけるモバイルリモートプレゼンス(MRP)システム使用時に起こるメタファーの混乱と、それが引き起こす対人問題について調査を行った。著者らは複数企業で8週間ずつのフィールド調査を実施し、MRPに対する認識がユーザーごとに異なり、非人間的メタファー(通信媒体、ロボット、物体)と人間的メタファー(人間、障害を持つ人間)の混合が見られたと報告した。遠隔操作者(パイロット)と現地にいる人(ローカル)間でメタファーが食い違うと、「通話終了」「パーソナルスペースの侵害」「無力化」などの問題が発生したという。このため、ユーザー間でメタファーの共通理解を促進する設計や、MRPを人間に近い存在として捉えることで、より良いコミュニケーションが実現できる可能性があることを示唆している。

詳細

① 研究背景と目的

職場において、地理的に離れた場所から遠隔操作可能なロボットを通じて「その場にいる」かのようにコミュニケーションを取る技術「モバイルリモートプレゼンス(Mobile Remote Presence: MRP)」は比較的新しいコミュニケーションツールである。そのため、ユーザー間でMRPシステムに対する理解や期待(メタファー)が異なり、それがコミュニケーション上のトラブルを引き起こす可能性がある。本研究は、以下の問いを明らかにすることを目的とした:

  • 職場で人々はMRPシステムをどのように理解しているか?
  • どのようなメタファーを用いてMRPを扱い、それがコミュニケーションにどのような影響を与えるか?
  • 対人関係の問題が発生する原因は何か?

② 研究方法

本研究では、3つの異なる企業(企業A〜C)でそれぞれ8週間にわたるフィールド調査を実施した。また、MRPシステムを開発した企業(企業D)においても継続的な観察を実施した。

  • 調査方法
    • 初回インタビュー(MRP導入前の状況把握)
    • 定期的な現地観察(2週間ごと)
    • ビデオ・メール等による定期インタビュー
    • ローカルユーザーによる匿名コメント収集(企業A・Cのみ)
  • 使用したMRPシステム
    • 身長約1.57mの移動可能ロボット型システム
    • カメラ、スピーカー、マイク、モニターを搭載
    • 遠隔操作者はウェブを介して操作可能

③ 観察された主な問題

フィールド調査を通して、以下のような問題が観察された:

(1)「通話終了」問題

  • 遠隔操作者(パイロット)がMRPシステムを電話のように通話終了後放置し、バッテリー切れとなるケース。
  • ローカルユーザーは放置されたMRPを充電場所まで運ぶことに不満を持った。

(2)「パーソナルスペース侵害」

  • ローカルユーザーがMRPシステムを「単なる物体」と見なして接近・接触しすぎるケース。
  • 遠隔操作者はそれを自分への侵害と感じ、不快感を示した。

(3)「無力化」

  • ローカルユーザーがMRPシステムの電源を強制的に切り、遠隔操作者が自分自身が「無力化された」と感じる事態が起きた。

これらのトラブルの根底には、MRPシステムに対する認識のズレ(メタファーの混合)が存在していた。


④ 観察されたメタファーの分類

著者らはMRPシステムへの認識を以下のように分類した。

非人間的メタファー

  • コミュニケーション媒体(動くビデオ会議システム、Skypeの延長)
  • ロボット(SF的ロボット、機械として捉える)
  • 物体(「物」「それ」と呼ぶ、単なる道具としての認識)

人間的メタファー

  • 人間(遠隔操作者自身として認識)
  • 障害を持つ人間(手足がないなど、支援が必要な人として扱う)

調査では、多くのユーザーが当初は「ロボット」や「物体」としてMRPを認識していたが、時間の経過に伴い「人間」や「障害を持つ人間」という認識に変化する傾向も観察された。


⑤ メタファー混合による影響

著者らは、特に遠隔操作者とローカルユーザーの間でメタファーが異なると深刻なコミュニケーション障害が起こることを指摘した。具体的には、以下のズレが問題となった:

  • 遠隔操作者 →「人間的メタファー」
  • ローカル →「非人間的メタファー」

例えば、遠隔操作者が「人間」として尊重されることを期待しているにも関わらず、ローカルがMRPを単なる「物体」として扱うと、双方に不快感やストレスが生じる。


⑥ メタファーがもたらす「権利と責任」

人間的メタファーを用いると、遠隔操作者はMRPシステムの故障を自身の「恥」として感じたり、自ら責任を負う傾向が強くなる。また、ローカルユーザーもMRPのケアや問題解決を積極的に支援する責任感が高まる傾向が観察された。


⑦ 提言(デザイン上の示唆)

著者らは、MRPシステム導入時にユーザーが一貫した共通メタファーを持つよう促すことを提言した。具体的には以下の方法が示された:

  • ユーザーがMRPを「障害を持つ人間」に近い存在として扱えるよう設計。
  • パイロットの存在を強調し、ローカルユーザーがMRPを「人」として自然に扱えるよう設計。
  • MRPのトラブルやバッテリー切れなどの情報を明確にローカルユーザーに伝えるデザインを採用。

⑧ 結論と今後の展望

著者らは、MRPシステムの円滑な導入のためにはユーザー間でMRPへの理解やメタファーの共有を促進することが重要であると指摘した。また、MRPシステムの人間性を強調しすぎると期待値が高まりすぎるリスクがあることにも言及した。今後の研究課題として、より広範な文脈やユーザー間での一般性を検証する必要があるとしている。

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